自分を愛し、自分を抱きしめる|玻瑠

手から愛するスキンケアレッスン・内面のパーソナルカラー診断・顔タイプ診断

私がハードワーカー無価値観長女になってしまったワケ②

長女として生まれ、世界が自分中心だった私。

そんな私が自分の内面深堀りを追求する人間になった理由をお話します。

続きです。

 

【①はこちら↓】

halucolor.hatenadiary.com

 

第1子として生まれ、両親に溺愛された0歳期。

でも、その時からすでに母親の「~すべき」という育児の常識・思い込みによって、私と母は分断されていっていました。

 

シンプルに言うと、

赤ちゃんの私はお母さんに裏切られる思いをし続けていたのだと思います。

これは赤ちゃんの中では大なり小なりみんなあると思うのですが、

母の場合は特に「育児はこうしなければ子供がちゃんと育たない」という恐れから、過度に赤ちゃんの気持ちに応えてはいけないと思っていたよう。

 

そして、弟たちの誕生。

それでも、弟が生まれるまではまだ、

私が独り占めしていた世界でした。

 

でも2年後に弟が生まれると…

急に

「お姉ちゃんなんだから」

「お姉ちゃんらしく」

「弟に譲りなさい」

「我慢しなさい」

 

”お姉ちゃん”にならされたんですよね。

さらにはもう1人弟が生まれ・・

「面倒をみなさい」

「女の子なんだから家事を手伝いなさい」

と役割を全うさせられる。

 

まあ、育児の中ではよくあることだと思います。

でも、やっぱり私は急に世界が私のものではなくなって

「お母さんもお父さんも、

私のことなんか見てくれないんだ…」

と悲しかったのです。

褒められなかった両親と褒められなかった私

さらによくなかったことには、

私の父も母も、

まっっったく褒めない人間だったのです。

 

褒めないばかりか、

愛情を言葉や態度で伝えてくれなかったのです。

正確には記憶にないけど伝えてくれていたとは思いますが、

物心つく頃には、

はっきりと態度で伝えるようなことはしてくれなかった。

 

今では、そんな両親からも愛情を感じる

私の想像力がアップしましたが(;^_^

 

でも、子供の頃の私は・・

言葉にもしてくれない

抱きしめたり、頭をなでてくれるような

身体の表現もない・・

 

親の愛情を具体的に感じられなかったんです…。

悲しいですよね。

 

今回も長くなったので③に続きます❣